イギリスの首都ロンドンは北海道より北にある。私は北海道はまだ行ったことがないので絶対とは言えないが、冬の寒さはテレビや新聞で見る限りイギリスより厳しい。マイナス10度、20度という日も珍しくなく、内陸部ではもっと冷えることもあるそうだし、一部の海は流氷で覆われるくらいである。
ところで私がイギリスで経験した一番低い温度はマイナス8度である。それも一日だけ。グラスゴーに住んでいたときのことであった。スコットランドと聞けば日本人は寒い国と思いがちだが、冬の寒さはそんなでもない。ただ夏らしい夏がないだけである。私が最初にスコットランドを訪れたのは18年前の7月であったがB&Bにはヒーターが入れられていた。その後私たちが住んだグラスゴーのアパートには二重窓もなかったけど、寒くて震えたという記憶はない。道路が凍りついたという記憶もあまりない。しかし、私たちがそこを離れて何年か後、マイナス25度という日があり、あちこちで水道管が破裂し大騒ぎになったそうだ。
私たちが南イングランドのバークシャーに越してきた最初のうちは車のフロントウインドゥの氷を解かすのに使う解氷剤のスプレー(de-icer)を年に一本使ったものだったが、近年は一冬に1~2回しか使う機会がない。缶には埃が積もり、その年の最初に使用する時にはまず埃を払ってからでないと使えないようになってしまった。これも地球温暖化のせいであろうか。
バークシャーあたりでは雪が積もることはまれである。が、たまに5cmも積もろうもんならたちまち交通パニックになってしまう。その際道路が凍りついたりするとそれに輪がかかるわけだ。チェーンを装着する人などは本当にまれで、スタッドレスタイヤなどは誰ももっていない。年に一回あるかないかのことなので冬用タイヤの装着を義務付けるわけにもいかず、その日ばかりは何事も起こらないことを自分の信ずる神様なり仏様に祈るしかない。

こういう道路状況の時は急発進、急加速、急ブレーキをさけて車間距離を多めに取り、低速で運転することが基本になるが、それを守らないドライバーのなんと多いことか。自信過剰なのか無知なのかそれとも両方なのか知らないけど、平気でビュンビュン飛ばしていく。自分が運転を誤ってどこかにぶつかるのなら自業自得といえるけど、悲惨なのは歩行者や他の車を巻き込む事故である。イギリスでは交通事故加害者に対する罰則が日本よりゆるい。横断歩道以外の場所を渡っていてはねられたりしてもそれは歩行者の責任なので保険金は下りないし、ある程度の飲酒は運転に差し支えないのである。自分は飲んでも顔に出ないからといってワイン2本を飲んで運転して帰った人を見たこともある。いくら警察の人手が足りないといっても、もう少し厳しく取り締まってもらいたいものだ。(テロ対策とかに人員を割かれるんです)
さて、これほど高い緯度にあるイギリスおよびヨーロッパの冬がそれほど厳しくないのはメキシコ湾流のおかげであるというのは有名な事実である。ヨーロッパの内陸部にもなれば冬はけっこう冷えるが、島国であるイギリスはそれほどでもない。スコットランドの北にあるオークニー諸島、さらにその北にあるシェットランド諸島など、さぞかし寒いだろうなあ、と思うけど実はそんなでもないのである。真冬でも氷点下になることはまれで、スコットランド本島のほうがよっぽど冷える。
そのかわりこれらの島には夏らしい夏はない。真夏でも気温が15度を越えることはめったになく、年中強い風が吹いているのである。
スコットランドの英語はそのわかりにくいアクセントで悪名高いが、これらの島の住民たちはそんなになまっていない。なぜならこれらの島の主な産業である鮭の養殖に携わる人とその家族はイギリス各地からやってくるからである。
ところでなまりと方言とは別物である。スコットランドではその地方独自の言葉(方言)も使うけど、基本的には南イングランドと代わらない言葉を話している。ただ、それがなまっているだけなのだ。だから文にして表すとすらすらわかるのである。
私の夫はスコットランドに行く前、仕事でスコットランド人と話すことが何度かあった。しかし電話で話をしても聞き取れないので、とりあえずその場はあいづちを打って取り繕い、ファックスを送ってくれるよう頼み込み、あとで送られてきたファックスを読んで初めて内容を理解することが出来たそうである。なんといってもスコットランドでは元々ゲ-ル語が話されていたわけで、英語は憎き敵国の言語だったわけだ。いまでもゲール語は公用語のひとつだけど、それを話せる人は年々少なくなってきている。年配の人たちは残念に思っているがそれも時の流れなのだ。
しかしこのなまりも実に味があって段々親しみを感じるようになった。なんといってもスコットランド人は心温まる人が多く、南イングランド人のように冷たくないのである。そして夫も私も2年の滞在の間にあの独特のアクセントを大体聞き取れるようになったのである。

日本では地元にいる時は地元のアクセントで話し、他の地方の人とは標準アクセントで話すという人が多い。これを称してバイリンガルという人もいるがその真偽はともかく、なぜか地方なまり丸出しでしゃべることが少ない。関西出のお笑い芸人はともかくとして。ところがイギリスではいくらBBCが全国で見られていようが各地のなまりが薄れることはないようだ。話しているのを聞けばどの地方の出身かたちまちわかってしまう。話す相手によってアクセントを変えるという人にあったことはない。みんな自信を持って自分の地方のアクセントでしゃべっている。上流階級のアクセントなどというのも存在する。
ところである統計によれば北イングランドおよびスコットランドのアクセントに信頼感を感じる人が多いそうだ。だからテレフォンセールスとかテレビコマーシャルにそういうアクセントの人を採用する会社が多いらしい。テレビのプレゼンテイターとして成功している人に金髪のスコットランド女性が多いのはそのせいなのだろうか。(なぜ金髪なのかはともかく)
私の夫は4人家族だけれどみんな違うアクセントでしゃべる。お父さんはバーミンガムアクセント、お母さんは(私立学校出なので)BBCアクセント、弟は地元ブロムスグローブアクセント、そして夫はといえばある人いわく、ミルトンキーンズアクセント(?)だそうだ。夫がなぜミルトンキーンズなのかと聞いた所、ミッドランズとロンドンの両方が混じっているからその中間でミルトンキーンズかなと思ったそうだ。たしかにミルトンキーンズは地理的にロンドンとバーミンガムの中間にあるが、ここは人工的に新しく作られた町なのでミルトンキーンズ独自のアクセントというのは存在しない。昔からある町ではないのでイギリスの町としては珍しく道路が碁盤の目状になっている。(作られたのは1960年代)
今では何の苦もないが、私が夫の家族全員プラスおしゃべり叔母さんのオーストラリアアクセントの英語を理解できるようになるまで2~3年かかったのは年に数回しか会わなかったせいである。

イギリスでは中流、上流階級の子弟はパブリックスクールに行くことが多い。これらは私立の学校であるが伝統的にパブリックスクールと呼ばれている。公立の学校は state school と呼ばれる。
パブリックスクールでは言葉のアクセントを矯正するエロキューション(elocution)レッスンが行なわれ、これらの学校に通う若者たちがパブリックスクールの出身であり、エリートコースに乗っていることを他の人々に暗黙に誇示する役に立っている。以前ほどではなくなったとはいえ、イギリスはまだ階級社会なのだ。
さて、シェットランド諸島よりはるか北、北極圏にもうすぐ届こうという位置にアイスランドがある。ここまでくればさすがに寒かろうなあ、と誰もが思う。ところがどっこい、信じられないかもしれないけどアイスランドは真冬でも0度前後にしか温度が下がらないのである。もちろん内陸部は別である。氷河も存在し、それなりに冷えるが、首都のレイキャビクあたりでは意外と寒くない。二重窓すらないくらいである。家々はパステルカラーに塗られ、北欧の国々にある重厚な家と比べると安っぽいなあ、という感じがぬぐえない。それに冬の寒さはたいしたことない代わり、夏でも温度はあまり上がらない。しょっちゅう霧が発生し、しのつく雨の日が多い。これらはすべてメキシコ湾流のせいである。
アイスランドの人口は25万人くらいだけど、主な産業は漁業と観光業である。学校ではスウェーデン語、ノルウェー語、英語などを習うそうだ。アイスランド人の英語はとてもわかりやすい。ほとんど全員がBBC英語を話すのでイギリス国内を旅行するより言葉に不自由がない。ただ物価がものすごく高く、イギリスでは60円くらいで買える800gのパン1斤が500円もした。しかしどの店でもカードで買い物が出来るのでその点は楽である。フィッシュアンドチップスのお店でもカードでOK!後で送られてくる請求書を見てぶったまげればいいだけだ。

最近ではすしを提供するレストランもあり、それなりに繁盛している。
大西洋に面したヨーロッパではメキシコ湾流のおかげで冬は過ごしやすいが、では夏はどうだろうか。
ヨーロッパで一番気温が高くなるのはおそらくスペインであろう。スペインは情熱の国として有名であるが、最近では灼熱の国になりつつある。内陸部では40度を超える日が続き、毎年死者が出る。暑さが厳しい日には外出を控えるよう政府が呼びかけているが、じゃあ外出はしません、というわけにはいかない。スペインでは年々降雨量が少なくなりつつあり、2005年にはある地域では5ヶ月間も雨が降らなかったし、各地で山火事が発生した。このままいくと将来砂漠化するのではないかと懸念されている。
スペイン南部からポルトガル南部、および西部にかけての地域は大西洋に面しており、夏でもさほど気温が上がらず過ごしやすい。その代わり海の水は冷たく、泳ぐのには結構勇気がいる。私たちがポルトガルのアルガ-ヴに行ったのは8月の終わりごろだったが、冷たい水に慣れているはずの私の夫でさえ一度入っただけで満足したくらいである。プールの水だってぬるいわけではなく、私は足を入れただけで震え上がってしまった。さりとてひなたはさすがに日差しが強く、皮膚に対する影響などを考えると甲羅干しなどする気になれず、やっぱり木陰で昼寝をするのが一番であった。なんで昼寝をするのにわざわざお金を出してまでポルトガルに行ったのか、というかもしれないが、ここらでは新鮮ないわしの炭火焼が安く食べられるのである。昼ごろ、夕飯時ともなるとあたりに漂う匂いのなんと魅惑的なことよ。もっとも魚嫌いの人にはたまらなくいやな匂いだろうけど。おまけにワインをはじめとしてビールやその他の酒類も安くておいしい!(イギリス産の酒類も税金の関係で安く買える)

近年スペイン、ポルトガルに移住するイギリス人が増えているのはこの気候と物価による所が大きい。これで言葉の問題さえなければね、とイギリス人は言う。なぜなら彼らには英語以外の言語を学ぶ気がないからだ。だから同じ所に集まってコミュニティをつくり、イギリス村を形成する。そういう場所では物件の値段が上がりすぎて地元の人間には手出しできなくなっているので、一度イギリス化が始まればそれはどんどん加速されてしまう。
そのイギリスではどうなっているかといえば、経済移民、亡命者、不法移民などが増え、元から住んでいるアングロサクソン系の住民の割合が減りつつある。ロンドンなどは8割以上が移民とその子孫であると聞いた。もし自分の住んでいるところが言葉も外見も違う人たちばかりになれば、誰だって不安を感じると思う。それに実際にそうであるかどうかはともかく、犯罪が増えれば人々はそれを外国人のせいにしたがるものだ。特に最近は人種より宗教の違いが大きな摩擦になってきている。政治や信条と違って宗教には妥協がない。だから宗教観の対立は永遠の平行線のようなものである。宗教に関心の薄い日本と違ってイギリスではこれが大きな社会問題なのである。
もしこれらの宗教、人種、犯罪などのトラブルから逃れようと思えば都市部を避けて郊外に逃げ出すのが手っ取り早い。都市に住むより大きな物件が安い値段で手に入るからである。しかし、そこはイギリス、気候までが好くなるわけではない。そこでEU内の暖かい国に移住しようということになるわけだ。
これがお金に不安のない裕福な人たちなら何の問題もないであろう。しかし移住者の中にはまだ若い世代もいて、彼らは移住先で生計を立て、なおかつ人生をエンジョイしたいと願っているわけで、それがいかに大変かは想像に難くない。移住先の国の言語を流暢に話せる人はまれで、たいがいは片言しかしゃべれない。だから生計の手段はどうしてもイギリス人相手のホテルとかレストランの経営ということになる。
そういう人たちの苦楽を紹介するドキュメンタリー番組がいくつかのチャンネルで紹介されていた。それが都市部にある手入れの行き届いた物件なら大して問題はないが、少ない元手でやりくりするとなればどうしても田舎のくたびれた物件ということになってしまう。そこで購入した物件を改装し、インターネットを通じて宿泊客を募集し、現金収入を計ることになるが、言うは易し、行なうは難しである。先の見えない危うい綱渡りをしているようなものだ。もちろんすんなりといかないからこそ、それがドラマになるわけだが、あの人たちはあれからどうなったのかと思う。覚えている限りでは成功した人は限りなくゼロに近かったからだ。
言葉のことを考えるならオーストラリア、ニュージーランド、カナダ、アメリカなどの英語圏が移住先として考えられるけど、ビザ、もしくは永住権を得るのが難しいという問題がある。それに新天地でいかにして職を得、生計を立てるのか。いくら気候が気に入ったからといってすぐに飛びつくのは考え物である。なんといっても隣の芝生はいつでも緑が濃いように見えるものだ。

私が日本で経験した最高気温は35度くらいである。今から20年ほど前のことであろうか。場所は実家のある金沢である。日本海側の町では冬に雪が降って天気の悪い日が続くが、夏はあまり雨が降らず天気のいい日が多い。あれからずいぶん経つので最高気温はもっと高くなっていると思う。
私の生涯で一番暑かった日は2003年の8月、ロンドンでのことであった。その日は何日か前からヨーロッパを被ったヒートウエーブのせいでじりじりと気温が上がり、35度を超える日が何日か続いていたのであった。
当日、私と息子は金沢からやってきた友達親子とピカデリーで落ち合い、ロンドンを案内することになっていた。待ち合わせはエロスの像の前ね!な~んて、私が日本にいた時には考えもしなかったくらい国際的!おまけに気温も国際的で、エアコンのないダブルデッカーなどはほんとに蒸し風呂状態だった。5人であちこちを散策し、ロンドンアイに乗り、食事をして別れたが、家に帰り着いてテレビのニュースを見て驚いた。その日のロンドンは過去最高の39度だったというではないか。
日本より低い湿度のせいでそこまで暑いとは思わなかったが確かに暑かった。実は友人たちが来る前、私は彼らにイギリスは夏でも朝晩は冷えるのでジャケットを忘れずに持ってくるようアドバイスしていたのに、結局それが不要なくらい暑かったわけだ。友人たちはその後パリに移動し、ロンドンより暑い40度を超える気温を体験し日本に帰った。こんなことは本当に珍しいんですよ、いや~、すごい、宝くじに当たったようなもんだね!と言っておいたけど、本人たちは 果たしてそう思ったであろうか。

その後ヒートウエーブは去り、イギリスは例年並の気温に戻った。ここが高緯度地域のいいところで、暑さの山を越えた後にはまた元の過ごしやすい夏になるのである。
北海道より高い緯度のイギリスで生涯最高の気温を体験するとは、これもすべて地球温暖化のなせる業なんでしょうか。このままいくとほんとにどうなるの?と考えさせられた体験であった。