イギリスから18年ぶりに日本に帰り、私と息子は実家におちついた。その3ヶ月後、イギリスに残って事後処理をしていた夫がすべてを終えて私たちと合流し、晴れて家族の対面がかなった。そして実家に親子3代が暮らすことさらに3ヶ月、私たちは念願の新しい住居に引っ越した。
私たちが引っ越したのは友人の両親が保有する物件で、築後70年あまりの古い家である。古くて汚いけど広くて安い。同じ金額でアパートに住もうと思ったら6畳2間の2LDKでもあるかどうか怪しいけど、この家はなんと8Kという広さで、庭まで付いているのである。どこだって住めば都である。かなりのDIYが必要なのはしかたないとしても、この広さは断りきれない魅力に満ちていて、結局ここに落ち着くことに決めたのであった。
イギリスからコンテナに入れて運んできたもろもろの荷物を運び入れ、広い家のあちこちに分散し、分別して収納するまで1週間あまりかかってしまった。
人間というのはやたらとモノを溜め込む動物である。必要最低限だけで生活しています、という高潔な禅僧のような人は本当に少ない。私たちにしてもイギリスを出る時、だいぶモノを捨ててきたのに、いざ収納しようとすると、けっこう量がある。今思えばイギリス国内を2年に一度引越ししていた時は借アパート住まいだったので、モノを溜め込むスペースもお金も無かったからあまり買わなかったのだ。それが一個所に10年も落ち着くともういけない。経済的余裕がでてきたこともあいまって、気が付いたら家中モノであふれていたのであった。
しかし、捨てられないんですよ、これが。そのうち使うだろうとか、いつか役に立つに違いないとか思うと、ついどこかに置いておき、そのうち存在を忘れてしまうのである。そういうモノが溜りに溜まって家の中を狭くしてしまうのだけれど、これも一度に起こることではなく徐々に変化していくので、当人たちは気にしなくなってしまう。あとは何かのきっかけか、よほどのチャンスがないと整理しようという踏ん切りが付かず、どこかのゴミ屋敷みたいになってしまうのである。
だから私たちがイギリスを離れ日本に移住しようと決めた時ほどのチャンスはめったにあるものではなかった。100年に一度のチャンスといっていい。今度こそミニマリズムの人生を送りたい、物質主義はもういやだあ!そこで私はこの時とばかり我が家の身辺整理を決行したのであった。

私個人に関して言うなら、服は最低限の量しかもっていない。そんなものにお金を使うのは無駄であるという主義なので、おどろくほど少なかった。しかし、商売柄キッチン用品がたくさんあった。シェフなんだから当たり前といえばそうなんだけど、真実はそうではない。これは病気みたいなもので、キッチン用具を扱っているお店に行くと面白そうなものを手に取らずにはいられなくなってしまう。そしていろいろ検分し、これは!と思った物は買わずにいられない衝動にかられてしまうのである。そうやっているうちに段々と自分のコレクションが増え、置き場所が無くなっていく。
たとえば泡立て器( Whisk)。これにはごく普通のバルーン型と呼ばれる物から、ソースを攪拌する時に使うコイル状のもの、コンソメの不純物を取り除く時に卵の白身を泡立てる専用のもの、ドレッシングを混ぜるときのものなど、合計すると7本もあった。
それからおろし器( Grater)。西洋式のおろし金はステンレスで出来た四角い箱の様な形をしていて、上に取っ手が付いている。大きな面はチーズやレモンをおろすための物で、くぎを裏側から打ち込んで抜いたような外観をしている。この小さい版が側面にも付いている。反対側の側面はスライス用で、残りの1面はピザやグラタンのトッピングにするチーズをおろすとき、人参サラダを作る時などに使うのである。
このくぎを刺して抜いたような面で大根おろしを作ることは出来ない。なぜなら大根がきれいに水分と繊維に分かれてしまうからである。これは生姜でも同じで、がっかりする結果に終わるだけでなく、ついでに指先の皮をおろすことにもなりかねないので止めた方がいい。私も何度かやったもんね。

大体、イギリス料理で野菜をすりおろすということはまず、ない。唯一の例外は西洋ワサビと呼ばれるホースラディッシュであろうか。これはイギリス料理の代表としてガイドブックにも必ず載っているであろう所のローストビーフに添えられる薬味である。イギリス人にとってはこのホースラディッシュソースとヨークシャープディングがローストビーフにはかかせないものであり、これ以外の食べかたをする人は少ない。しかし、だからといって、これを自分で作るという人はほとんどいない。みんなスーパーで出来合いのものを買ってきて使うのである。これはなぜかというと、わさびとちがってホースラディッシュは単におろしただけでは使えず、泡立てたクリームや酢、その他の調味料と混ぜる必要があるからだ。そんな面倒くさい事をイギリス人がするわけがない。料理にも手を抜くくらいなのだから調味料のことなど推して知るべし。
それに生のホースラディッシュがスーパーなどに並ぶこともほとんどない。需要がないから供給がないのか、その反対なのかしらないけど、生のものを識別出来る人がどれくらいいるのかなあ、と思ってしまう。
私が始めてこれを見たのはシェフのカレッジに通っていた時だった。ある日、みんなのテーブルに短い大根のような、それも皮が厚くてごわごわした、まるで木のような物体が配られた。これはいったいなんだろう、食べられる物であろうか、と全員が不思議に思ったものだった。そしたら講師がこう言うではないか。
‘ それがなんだかみんなにわかるかな? フッ、フッ、フ。まあ、わからなくともむりはないけど、他のみんなにはわからなくとも京子にはわかるよね。’ 突然、私に注がれるみんなの視線!
おおーーっ、さすがだ!とみんなの目が言っている。

へっ? なんで私が? こんなモン、見たことないぞ。しかし私が知っているはずと講師が言うのだから何か理由があるに違いない。でも、うーん、やっぱりわからんなあ。そこで素直にそう言ったら、講師はちょっと意外な顔をして、それはホースラディッシュである、とみんなに告げた。
たぶん彼はワサビのことを知っていて、日本ではこの西洋ワサビも使われていると思ったに違いない。
実際、西洋ワサビは栽培が簡単なのでワサビより安く、生で店頭に並ぶことはないけれど、日本でもあることに使われている。栽培しているのか輸入しているのかは知らないけど、チューブ入りのワサビ、およびワサビドレッシングなどの材料に使われているのである。意外だったかな。
その日の授業は各種の加熱しないソースを作るという内容だったので、ミントソース、マヨネーズなどの他にホースラディッシュソースも入っていた。
まず、皮を剥いて、例のおろし金でおろす。色は薄茶色くらいであろうか。しかしこのおろし金は使いにくいよなあ。日本式のおろし金にすりゃあいいのになあ、ゴリゴリゴリ、すると、、、
どあああーーーーっ、目、目にしみるうーーーっ!

そうなのである、その西洋ワサビは日本のワサビとは比べ物にならないくらい強烈な刺激でもってみんなの目を直撃したのである。効くーーーっ!みんな泣かされました。涙、涙、、、、
そうだったのか、イギリス人が自分でこのソースを作らないのはこのせいだったのだ、と素直に納得した。あの日本のチューブ入りワサビだって強烈にツーンとくるではないか。あれはこの西洋ワサビが入っているせいもあるのだと思う。ちなみに自家製のホースラディッシュソースは市販品の味に慣らされてしまったからであろうか、いまいちだった。
さて、この西洋おろし金ではだいこんはおろせないので、もちろん日本製を買った。(使うのは年に数回だけなのに、ないと不便)その他に薬味おろし、アメリカからやってきてすぐに評判になったマイクロプレーン( Micro Plane、細かいかんなという意味)、チーズおろしなどなど、合計すると10個以上あった。よくもこんなに溜めたもんだと思う。

その他、ペイストリーワークではいろんな小道具が必要になる。クッキーの抜き型( Pastry cutter )、スポンジを焼く型( Cake tin,もしくは Mould )、プディングやババロアの型( Ramekin など)数え上げたらきりがない。中には購入したはいいけど一度も使わなかった物もいくつかあった。これら調理器具を全部まとめるとかなりの量になる。つかったお金だって半端じゃない。持って行こうかどうしようか、、、
そこで売れそうなものは最初にカーブートセールで二束三文で売り、売れ残りはチャリティショップに寄付した。あまりに専門的すぎて一般の人には不用のものなどは全てを友人に譲った。もし将来どうしても必要な物が出てくれば、それだけ買い直すことにしよう、と思ったのである。それ以外のものでまだ使えるものもあったけど、絶対必要でない限り涙を飲んで捨てた。ここで心を鬼にしなければ心機一転にはならないからである。千載一遇のチャンスを逃してなるものか!
あれもポイ、これもポイ、ポポイのポイ。大きなモノは自分でゴミ捨て場(Tip)へ持っていったし、細かなモノはゴミ袋に入れておけばなんでも持っていってくれるから楽といえば楽である。
イギリスではゴミを焼却しない。なぜならゴミを焼いた煙が酸性雨の原因になってしまうからだ。それらの煙は主にヨーロッパ大陸へ運ばれ、レモン並みの酸性度の雨となって自然に影響を及ぼしているのだという。それに焼却することによって排出される Co2 の量だってばかにならない。だから一部のモノを除きすべて埋め立てである。したがってゴミを分別する必要がない。最近やっとリサイクルという概念が出てきたのか、ガラスの瓶、ジャー、ペットボトル、缶、紙だけは別個に集めているが、それ以外は何もかもいっしょくたである。イギリス人の中にはこのリサイクルすらしない人もいるし。

こんなことでいいのかなあ、いくら日本より有効利用できる土地があるって言ったって、その土地にも限りがあるだろうになあ、と思うのだけれど、集める方でそれでいいです、というのだからわざわざ分別したってしょうがない。
イギリスでは自治体によってやり方は違うけど、私の住んでいた町では基本的にゴミ集めは週1回、ガラス製品はスーパーなどにあるボトルバンクへ自分で持っていくけど、ペットボトルと缶と紙は2週間に1回集めに来ていた。(専用の黒いプラスティックの箱が各家庭にくばられ、それに入れて出す)
このゴミ集めにも面白い決まりがあって、ゴミは家の前に出しておけばいいのだけれど、敷地内に収集係が踏み込むことはできない、という規則がある時できてしまった。だからゴミは道路から収集係の手の届く範囲内に置いておかないといけないのである。なぜこんな規則が出来たかというと、世の中には自分の家のゴミすら道路まで出さない、けしからんルーズな人が結構いるからである。そういう人たちにも協力してもらって、ゴミ収集を楽にしたい、という自治体側の願いが反映された結果こうなった。だからほんの一歩入るくらいならどうってことないのかもしれないけど、これが1メートルとかになると問題である。なんたって他人の土地だから、そこに踏み込むことは不法侵入であり、規則を生真面目に受け取るなら収集を拒否できるわけだ。そこまで厳密に規則を盾に取る人もいないと思うけど、ゴミくらいちゃんと道路まで出せよ! と言いたい。

週に一回の収集だとゴミ袋が一つでは足りないこともある。そういう時は一杯になったゴミ袋を家の前の黒いプラスティックのごみ箱に入れておくのだけれど、人間だからゴミの日に出すのを忘れることもある。そんな時、以前は係の人がちゃんと中を改めてゴミを持っていってくれたけど、例の規則ができてからは持っていってくれなくなった。そうなるとゴミを1週間、保管しておかねばならないわけだ。ゴミ袋の中はいろんなものの詰め合わせである。生ゴミだって入っている。冬ならともかく、これが夏だったりすると始末が悪い。たとえ日陰においてあってもそこそこ暖かいので蝿が卵を産み付けたりするのである。それに気づかず次のゴミの日にふたを取ったら、蛆がうじゃうじゃ(これって、‘うじ’ だからうじゃうじゃなんですかね?)わいていたということがなんどかあった。うぎゃあーーっ、気持ち悪ーーーーいっ!

そんな時はゴム手袋をしてゴミを出し、後は熱湯消毒して蛆を殺したけど、時には大量の蝿がワーーンと出てきたこともあった。こういうときのごみ箱の臭さといったら、鼻も曲がろうか、というくらいひどい臭いだったものだ。思い出すと気持ち悪くなりそう。
朝、出勤前にゴミを出すんだけれど、その時に蛆がわいていたとしても始末をしている時間がないことが多い。そういう時は夫に後始末を押し付けて仕事に行った。彼の方が出勤時間が遅いのでこういう事が可能だったわけだ。大体、私がいつも始末をしているんだから、たまには手伝ったってもらったって罰があたるはずがないもんね。
ダーリン、ありがとう。

我が家は3人家族だけれど、ほとんど毎日買い物に行ったので一回の量は少なかった。それに買い物にはマイバッグを持参するか、スーパーのトロリー(カート)を駐車場まで持っていき、直接ブート(トランク)の中に商品を入れたので、例のシャリ袋は断ることが多かった。野菜、果物もなるべく量り売りで買い、トレーやプラスティック容器を持ち帰らないようにした。これらはすべてがゴミになり、埋め立てられるわけだから、たとえ微量であっても長い目でみれば大きな違いになるはずだ、と確信して。
だからゴミは一袋(70Lくらいの大きさ)だけ、という週が多かった。大掃除でもしない限り、2個以上ということはなかったものだ。
ところが、隣家では両親と子ども3人という家族構成ではあるけれど、ゴミが5ー6個出ることが多かった。一人1個くらいの割合になるわけだけれど、いくらプラスティックも生ゴミも一緒の袋に入れるからって、そんなにゴミが出るものであろうか。いったい隣りの家のゴミ袋には何が入っているのかなあ、と疑問に思ったものだった。

イギリスでは庭に芝を植えている家が多い。最近では手入れが楽、ということでウッドデッキを取り入れる所も多いけど、主流はやっぱり芝生である。夏の間は週1回くらい芝刈りをしなくてはならない。その際でる芝はコンポストメーカーに入れて腐葉土にするのが一番いいんだけど、なかなか面倒くさい。そこでこれもゴミとして出すことが出来る。ただし1回につき2袋まで。ゴミは各家庭の前に出すので、どの家が出したかすぐわかるからごまかせない。
友人宅ではある時、庭の手入れをしたら苔のたぐいが8袋分も出たそうだ。一度に持っていってくれないので4回に分けて出した、と言っていた。やっぱり、一つの場所で一度に大量にゴミを出されると全部の家を回りきれなくなるかもしれないので、こういう決まりがあるんだろうなあ、と思う。
各自治体には必ず粗大ゴミ捨て場( Tip) があり、家庭から出るものなら捨てるのは無料である。ある程度のリサイクルはしていて、紙、車のオイル、ガラス、電化製品などは分別することになっているけど、その他のものは若干上の方に設置された駐車場から投げ捨てるのである。(巨大なコンテナに入れる所もアリ)その下ではブルドーザーがゴミをガガガーッとすくってトラックに積め込んでいる。そしてそれを埋め立て地まで持って行くのであろう。
その Tip にはいろんなモノが捨てられていて、中にはまだ使えるものだってたくさんある。だから自分のゴミを捨てに来て、ついでになにか役に立つものを拾って帰る人もいる。
私たちが新しい冷蔵庫を買った時、古いものを下取りとしてだすという条件で50ポンド値引きしてもらった。でもその下取りに出す予定の冷凍庫はまだまだ現役で、渡してしまうには惜しい品物だった。そこで夫は Tip に赴き、係の人に5ポンド払って一番小さな冷蔵庫を引き取ってきた。長い間放置されていたのか、中はかびだらけで汚かった。そして冷蔵庫の配達があった時、それを下取り品として渡したのであった。私は冷蔵庫を配達してくれた人が中をあらためて、なんじゃこりゃあ、きったねーの! とでも言うかと思ってヒヤヒヤしたけれど、そんなこともなく、取り引きは無事終了した。
後日冷凍庫は20ポンドで売ることが出来たから、結果としてずいぶん得したことになる。でも、本当は Tip にあるものは持ってきてはいけないんだけどね。つまり、夫はワイロを使ったわけだ。こういうことって、結構あるらしい。Tip の係の人もそうやって小遣いを得ているみたいで、袖の下さえ渡せば大目に見てくれるそうである。なんたって捨てられたモノ、ゴミなわけで、それを引き取りたいという人がお金を払うというのなら、断るのは馬鹿らしいもんね。

日本ではゴミの分別収集がかなり徹底して行われていて、その複雑さは一度には覚えきれないくらいである。だから新しい家に越してきてしばらくは手引書とにらめっこでゴミを分別したものだった。牛乳の紙パックは切り開いて洗って干してスーパーへ持って行く。食品のトレイも同じ。新聞紙と広告は別々にする、、、、等々。
しかし、日本へ来て始めて気が付いたのだけれど、結構溜まるのがプラスティック製品である。食品だけでなく、いろいろな商品がプラスティックの袋に入っていて、これを一まとめにするだけでかなりの量になる。これを集めに来るのは2週間に一度だから、はっきり言って生ゴミより多くなるのである。まあ、腐るものではないからそれでもいいんだけどね。それらはすべて資源ゴミとして集められ、再利用されるのだという。イギリスにいた時はそんなこと全然知らなかった。みんなごみ箱に直行だったもんね。もっともこれは私が悪いということでなく、行政に責任がある。イギリス政府も自治体も、もっと真剣にゴミ対策に取り組むべきである。

最近、イギリスのゴミを中国に不法輸出しているらしい、と聞いた。これって船で運ぶのであろうか。なんか、情けないなあ。自分たちの出したゴミを処理しきれず、他人に押し付けるなんて。今の所ゴミの収集は無料だけれど、将来、一定以上を有料化することを政府は検討しているようである。やっぱりそれくらいはしないと、みんながゴミのことを真剣に考えることはないのではないか、と思う。イギリス人に日本式のごみ分別を強制したら、その政府は次の総選挙で敗北するのは目に見えているしねえ。

イギリスにいた時、スーパーのシャリ袋は断っていた、と前記したけど、私みたいな人間は本当にまれだった。ほとんどの人はほんの少量づつ袋に入れ、それを何個も何個もトロリーに入れていた。だから私が袋はいりません、と言った時、中には商品を袋に入れずに店から持ち出すことが許されるのかどうか、マネージャーまで聞きに行った人もいるくらいだった。きっと万引きと勘違いされると思ったのであろう。私も念のため、レシートを手に持って店を出たものだった。
イギリスでは客に対して愛想のいい人もいるけど、中にはちょー無愛想な人もいた。こういう人は必要最低限のことしか言わず、無愛想で、Thank you すら言わないのである。
従業員教育がなっとらんね!

こういう無愛想な人にあたった時は、次からその人を避けるようになるのは人情としてやむを得ない。でもイギリスではこういう接客態度の人も多いのである。そもそも従業員に対して、接客の仕方なんて教えているのかなあ、と疑問に思うことすらある。過去の経験を思い起こせば、確かそんなものはなかったぞ。
そういう従業員にもきちんとお礼を言う客がいてびっくりさせられたけど、かくいう私も買い物の後はよほど接客がひどくない限り必ず Thank you と言って店を出たもんだった。
これは感謝の言葉というより、一種の礼儀だと思うからである。今は無愛想な人もいつかは気がついてくれるだろう、わかってくれるだろう、と期待を込めて。
ところで日本のスーパーではマイバッグの持参を奨励していて、私が袋はいりません、と言うと、‘ ありがとうございます ’ と言われることが多い。
これも接客マニュアルの一部なのかもしれないけど、いわれた方としてはやはり気分がいい。イギリスとはえらい違いである。
やっぱりこうやってバッグを持参する人を励まして、その言葉を回りの買い物客に聞かせ、マイバッグの持参を浸透させなければ。百里の道も一歩から、である。イギリスもしかり。
でも例の Thank you すら言わない無礼な従業員がはたしてこの Thank youをみんなに言えるようになるでしょうか。それもスマイル付きで。

うーん、どうかなあ、やれば出来るんじゃないの、ってイギリス人を知らない人は思うでしょ。
こういう時、イギリスではこういう表現をします。
‘ Once in a blue Moon ’ (青い月の時に)
月が青くなるはずないでしょ、こんなことありえない! と思うかもしれません。確かにその通り、月は青くなったりしません。だからこれは実現不可能のたとえなんですよ。
悲しいかな、あっていると思うのは私だけでしょうか?
