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Author Topic: 葬式事情  (Read 3134 times)
Kyoko
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葬式事情
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現在イギリスには在留届けを出している人だけで5万人ほどの日本人が住んでいるのだという。たいがいは海外駐在員であり、何年かここで過ごした後、いずれは日本へ帰るという人が多いと思う。でも中には私みたいに現地の人と結婚した人や、何らかの理由で永住を決意した人もいる。こういう人たちにとってこの地は骨を埋める場所であり魂の置き場になるわけだ。もっともこのことをどう表現するかは本人の人生観、宗教によりけりだと思うけど。
ところで現代イギリスの葬式およびお墓事情は一体どうなっているのであろうか。

私たちが欧米の葬式といわれて思い出すのは墓地にお棺を埋める土葬ではないだろうか。きっちりと掘られた穴の中にするするとお棺が下ろされ、神父さまのお祈りの後で列席者が花を投げ入れ、その上に土がかぶされていく....というのは映画などでおなじみのワンシーンである。この埋葬の前に教会での式があり、その後親族や関係の深かった人が墓地まで赴き、ここで最後の別れを告げることになる。
では全ての人がこういう風に埋葬されるのかというとそうではない。現代イギリスでは土葬に付されるのは全体の30%ほどであり、あとの70%の人は火葬されているのである。ちょっと以外かもしれない。
昔は確かにみんな土葬だった。例外は伝染病などで死んだ人であり、こういうときは病気の蔓延を避けるために火葬にされていた。それ以外は村の教会の墓地などに埋葬されていたわけだ。
ところでイギリスの国土は日本の3分の2程度の大きさであり、そこに日本の人口の半分ほどの人が住んでいる。険しい山岳はそんなにないので有効利用できる土地は日本より広いというのは事実である。しかし、イギリスには2千年の歴史があり、その間生まれて死んだ人を一人当たり畳1.5畳ほどの土地に埋めていったとしたらどうなるのであろうか。答えは簡単、段々土地がなくなってくるのである。
もっとも埋葬場所がどこか遠くの僻地でもいいなら話は別である。片道何時間とかいう場所ならまだ十分選ぶ余地はあると思う。でも人間は慣れ親しんだ場所の近くに眠りたいと思うはずだし、残された親族にしたって手軽にいける場所でないとお墓参りにいくにも苦労するではないか。だから土葬を希望する人は町外れの共同墓地あたりが手ごろでいいかな、ということになる。ところが、この共同墓地にしたって限界があるわけで、限りなく墓地を広げるというわけにはいかないから、土地が足りなくなってくる。そうなると売り手市場になって土地の値段が上がり、貧乏人にはおいそれと買えなくなってしまうのである。そうなるとやっぱり火葬が現実的ということになるわけだ。

日本の場合は特殊な場所でない限り火葬されることになっているが、世界的にみるとそれはその土地の事情だけでなく、宗教によっても違ってくる。イギリスでは英国国教会というキリスト教の一派が主流だけど、これは俗にプロテスタントと呼ばれていて、その対極としてカトリック(Catholic)がある。(この単語、カトリックと表記すればいいのかカソリックなのかよくわからないけど、日本語の正式表記はカトリックなのだそうです。でもイギリス人の発音を聞いているとカソリックの方が近いように聞こえるんですが) このふたつがどう違うのかという事に関して細かいことを言い出すと私ごときでは役不足であり、専門家からたくさんのお叱りや苦情をいただく結果になるのがおちなので、大雑把にまとめると次のようになる。
イギリスでは元々ローマカトリックを信仰していたが、そこから袂を分かつきっかけを作ったのがヘンリー8世であった。当時のカトリック教徒は離婚が許されていなかったため、自分の妻と離婚したかったヘンリー8世はローマから離れ自分のための教会を作り、その長に治まって離婚ができるようにした。その後次々に妻を換え、最終的には6人もの妻を娶ったという有名な超わがまま王であった。しかしその後の王や女王によりローマと近くなったり離れたりし、結局今のような形に収まったのはエリザベス1世の統治下においてであった。なお、その他の国のプロテスタントの発生の事情はそれぞれ違うので興味のある方は調べてみてね。  Wink
だから簡単に言えばカトリックは教皇を長とし、プロテスタントはそうではないということになる。カトリックでは聖職者になれるのは独身男性のみであるのに対し、イギリスでは一定の役職までは妻帯が許される。そればかりでなく女性でも聖職者になれるのである。今現在はまだ一番上の位まで許されるのかどうかという論議がなされている段階だけど、可能性はあるわけだ。私ごときには聖職者は男女どちらでもかまわないと思うのだけど、その辺はやはり慣れ親しんだやり方がものを言っているのかもしれない。

なにはともあれ、英国国教会では伝統的儀式にとらわれず、より実践的なやり方、時代に即した考え方を取り入れるようになったため、いつから始まったかは知らないけど、火葬が受け入れられてきたのである。それに反してイギリスでカトリック教徒の火葬が認められるようになったのはわりと最近である。それまでは教会の意向により土葬しか認められていなかった。カトリックを国教とする国では離婚、避妊、中絶、同性愛などを受け入れない国も多い。もっとも離婚だけは認める国が多いけど。イギリスの隣りの敬虔なカトリック国のアイルランドでは1995年になってやっと離婚が認められて、みんなをびっくりさせた。日本人にとっては ‘えっ、やっと?’ だけど、アイルランドの事情を知る人にとっては ‘えっ、ついに?’ である。ただ離婚を成立させるにはかなりの時間と費用、手間がかかる。これはイギリスでも同じであり、この離婚手続きの複雑、高価さゆえに籍を入れないカップルが増えている、と思うのは私だけではないはずだ。 Embarrassed

イスラム教、ユダヤ教では火葬は絶対受け入れられないし、ヒンズー教では火葬が主である。私個人は日本における仏式とイギリスにおける国教会式の葬式しか経験がないので、イギリスでイスラムやヒンズーの葬式がどう行なわれるのかは知らないから、ここはイギリス国教会式に限って話を進めることにする。

イギリスで誰かが亡くなった場合、葬式が行なわれるのは普通4~5日経ってからである。なぜならその間に親族、友人等に知らせ、彼らのうちの出席希望者が式場に集まるだけの余裕を持てるように、という配慮からである。それに忘れてならないのが火葬場の予約を取ることである。各自が属する教会は数があるので予約が一杯ということはおそらくないと思うけど、火葬場の数は限られているから冬などは混雑し、すぐに予約が取れないことがあるそうだ。(冬にお年寄りが亡くなるのは冬の寒い国では共通なのである)
もし万が一火葬場が一杯だったらその分葬式を遅らせなければならない。その間、遺体は葬儀屋(funeral director)で預かってもらう。その間にその後のことを葬儀屋と相談するのである。たとえば遺灰(イギリスでは高温で焼かれるので骨ではなく灰になるそうだ)はどうするのか、棺桶はどういうものにするか、など。これが土葬の場合でも同じである。ただ、土葬の場合は棺桶を燃やさないのでその分、見栄えのいいものを選ぶ傾向があるそうだ。確かにどうせ燃やしてしまうものならお金をかけるのは無駄というものだからね。

さて、葬儀の日取りが決まればその故人が所属する教会で式が行なわれる。日本では差し支えない限り棺のふたを開けて故人の顔を見せる事が多いようだが、イギリスではそんな事はないようだ。人それぞれやり方は違うらしい。こういう冠婚葬祭に関しての式の進め方は経験をつんだ人ならともかく、そうでない場合はあまり知られていない。もっとも私の夫が疎いから聞いてもわからなかった、というのも大きな要素なんだけどね。  Undecided
イギリスには喪服というものはない。かつてはあったのかもしれないけど(ビクトリア女王は夫のアルバート公の死後、黒い服しか着なかったそうだ)、現代ではとくに規定や決まりはない。さすがにジーンズやTシャツで列席する人は見たことがないけれど、色も形も様々で、服装だけを見てこれが何の集いかを当てる事は不可能であろう。
葬儀は牧師(vicar)のお悔やみの言葉、賛美歌(hymn)、親族の代表によるスピーチが主な項目であり、このうちの賛美歌は喪主が自分で選ぶことになっている。故人が好きだった曲や歌詞の内容が故人の人生にふさわしいもの、などから何曲か選ぶ。しかしこの賛美歌なるもの、曲数が多い上に賛美歌集には楽譜も載っていないので、慣れ親しんだ曲以外は普通の人にはメロディーがわからないということが起こるのである。まあ、そのために聖歌隊(choir)がいるわけで、一題目は主に彼らが歌い、2題目からみんなで合唱することになる。
親族の代表によるスピーチは、喪主が行なうこともあるけれど、喪主では悲しすぎて言葉が出ないことがあるので、その際はもう少し間の離れた親族が行なうこともある。私の夫がおばあちゃんの葬式にこれを行なったのはそういう理由である。
これらの全てを行なうのに要する時間はだいたい20分から30分くらいと結構短い。お通夜なんて当然ないから日本の仏式からみるとあっけない感じがするんだけど、キリスト教においては死んだら神様の元へ行くことになるので、悲しくもあるけれどめでたいことなのかもしれないなあ、と思う。
イギリスでは香典などない。ただ、どうしても花を贈りたいという人もいるだろうから、そういう時には教会か火葬場にお供えすることになるけど、中にはその花の代金をチャリティーに寄付してください、といって寄付先を指定する人もいる。
日本ではこの香典返しが実に大変で、私の母などは自分の夫の葬式の際もらった香典を全部返すまでは死ぬに死ねない、といって毎日新聞のお悔やみ欄をチェックしている。もし香典をくれた人の身内に不幸があれば香典を持って葬式に行き、帰ってきてから一覧表に印をつけ、‘これでひとつ済んだ’ などと言っている有様である。元は相互補助から始まったこの香典というシステムも現代では形骸化し、単なるしきたりの感が強いんだけど、すぐにはなくならないもんだ。  Embarrassed

その後、火葬にする場合は霊柩車に棺を載せ、火葬場までパレードすることになる。
そして火葬場でまた簡単な式を行なうのであるが、この際故人の宗教によって内容が違うそうだ。だから式の執行人は事前にそれを確かめてから式をつかさどるのである。教会で式を済ませてある場合はここでの式はほんの10分くらいと短い。あっという間である。その後、一同は故人に別れを告げ、帰宅することになる。
えっ、じゃあ骨というか灰を骨つぼ(Urn)に入れないの?って思うでしょ。そうなのである。イギリスでは焼き上がりを待ってつぼに入れるということをしないのである。
これが日本だったら焼き釜がいくつかあってそれぞれに番号がついていて、焼きあがった後に遺族の代表が扉を開けるわけだから、出された骨は間違いなく当人のものとわかるんだけど、イギリスでは遺体を火葬場においていって、後日焼きあがって骨つぼに入れられた遺灰を引取りに行くというシステムになっているのである。引き取りに行くのはだいたい2~3日後が多いそうだ。じゃあ、どうやってその遺灰が本人のものとわかるのであろうか。それは信ずるしかないのである。信ずる者こそ救われる-のである。
もしかしたら引き取った遺灰が本人のではない可能性ももちろんあるわけで、その辺は割り切って、これがその人のものということで満足するしかない、ということだ。 Lips Sealed
火葬場から帰ってきた後、喪主の家や近くの会場で簡単な食事会が催される。核家族化が日本より進んでいるイギリスでは血縁者が集まるのは結婚式、葬式、洗礼式などの儀式の時のみ、ということが多い。それに葬式だからといってそんなに悲しむわけでなく、久しぶりに会った親戚と思い出話に花が咲き、大いに盛り上がってドンちゃん騒ぎになった、ということもあるのである。

さて、そのあと遺灰はどうなるのであろうか。一番安く上げる方法はどこかにばら撒くことである。もし本人が希望した場所があれば海なり山なりにパーッと撒いてお終いとなる。空からばら撒くというのも人気があり、ビジネスとして成り立っているそうだ。本人の希望がない場合は火葬場の庭に撒いてもいいが、このとき台帳に名前の記入を望むならその分の代金を払わなくてはならない。ただ撒くだけならただなんだけどね。その他、自分の家の庭に撒いたってかまわないし、自宅につぼごと保管してもOKである。
でもそれじゃああまりにも故人がかわいそうなのでなんらかの形というか墓を残したい、という時は共同墓地の土葬用地の周り、歩道との間に30cm四方くらいの土地を購入しそこに遺灰を収めることも出来る。この時、ふたに名前を彫ったり、墓石を立てたりするのは遺族の自由である。

これが火葬以外だったらどうなるかというと、空から撒くことは出来ないけど(怖い!)、海に沈めることは出来るそうだ。海と共に生きた人や海が大好きという人にはそれを望む人もいるのであろう。それと死後は土に返りたいけどわざわざ土地を購入してまでそうしたいわけではない、という人のためにダンボール製の棺に入れてどこかの山なり自治体の所有する土地に埋めるということもできる。この際は墓石など建てないからはっきりとした場所はわからなくなってしまうけど、それが本人の望みならば本望なわけだ。そういう訳なのでこれが個人の土地ならどこに埋めようがもちろん何の問題もない。
だから、夫なり妻が死んだので自宅の庭に埋めて墓石を建てるという人がたまに現れるのである。イギリスの家はほとんどが建て売りであるから、通りに面して同じような家が建ち並び、庭も塀を介して繋がっていることが多い。そんな家の庭に墓を立てると、周りの家の人が庭を眺める度に隣家のお墓が目に入るということになるのである。いや~、正直言ってもし我が家の隣人が同じことをしたとしたら、うれしくないなあ、と誰もが思うのではないだろうか。
それに、そうやって墓を建てた人が死んだ場合はどうなるのであろうか。誰だって自分ちの庭に他人の墓なんて欲しくないはずだけど、この辺はどうなるのか私にはわからない。おそらくは物件を受け継いだ遺族が墓をどこかに移してからそこを売りに出すのだと思うんだけど。でなかったら誰も買わないよねえ。  Undecided

所変われば品変わるというけど、国によってずいぶん違うんだなあ、と思う。ところで、いくら火葬が増えたといっても土葬を望む人は後をたたないわけで、土地が不足気味なことに変わりはない。そこで政府は何年か前に法律を改正し、暫定的に土地不足を補う方法を考え付いた。
それは死後70年経って直接の遺族がいなくなった墓、つまり無縁墓になった墓は一旦掘り起こしてさらに深く掘り下げて埋め直し、その上に新しい墓を建ててもいい、ということになったのである。何のことはない、お墓のダブルデッカーなのである。
今現在、いくつくらいの墓がこのダブルデッカー版になっているのかわからないけれど、そういうことでもしなきゃあ土地がなくなるよなあ、と思う。イギリス政府も思い切ったことをしたもんだ。
それでもいつかはまた土地が足らなくなる時が来る。そうなったら今度は3階建てにでもするのだろうか。

墓石だらけの土地というと、私は ‘宇宙戦艦ヤマト’ のイスカンダルをまず思い出すのである。土地という土地が墓石で埋め尽くされた惑星に一人たたずむスターシャ。人類が土葬という儀式を続ける限りいつかはこの地球もイスカンダルのようになるのであろうか。この限られた土地を死んだ後も自分のためだけに使いたいというのは、私には身勝手かつ無駄な事に思える、なんて私が思うのは輪廻転生を信じているからであろうか。
元々の仏教は魂の存在を否定していたけど、それが日本に渡り、大乗仏教になって以来、人は生まれ変わるのだと信じられるようになったのだそうだ。だから宗教に関心の薄い日本人でもキリスト教などの信者でない限り大多数の人はこれを信じていると思う。
私の夫はイギリス国教に属しているが、神様の存在は信じていないそうだ。だからといって仏教徒になったわけではないけれど、なぜか生まれ変わりだけは信じていると言った。テレビの番組で前世のことを覚えている人の特集を見たり、催眠術による記憶の退行などを見てそう信ずるようになったのだそうだ。はたしてどっちが本当なのかはわからないから死んでからのお楽しみ、ということになる。

なにはともあれ、たとえ復活が可能なのだとしても、今の体に戻りたくないなあ。だから夫や息子には私が死んだら火葬にして灰をどこかにパーッと撒いて終わりにしてね、と言っているのである。それよりは今度生まれ変わった時にもう少し見栄えのいい体に生まれるよう願う方が希望が持てていいや。もっとも悪くなる可能性もあるわけだけれどね。そしたらまた生まれ変わって…そんな事をいっているとこの世に未練がありすぎて悟りを開いて仏になるなんて当分できません。まあ、そんな先のことを考えても仕方ないのでとりあえず今日のことを考えましょう。ん~と、今夜のおかずはなんにしようかな。えっ、あまりに俗っぽいって?しかたないですよ、ふだんあまり深く考えない死生観について今日は思いを馳せたんですから、余分なエネルギーを使ってしまった、その反動なんです。慣れない事をすると疲れるもんですね。 Tongue

PS カトリックとプロテスタントの違いについてもう一言
イギリス国教会に属する友人がカトリック教徒の友人の葬式に出向いた時、教会でのサービスの途中に寄付を募るバスケットが回されたそうです。友人曰く、
‘ 国教会の式ではこんな事絶対にないわよっ! なんでカトリックはいつも寄付を集めるわけっ?’ だそうです。あくまで友人の意見なので念のため。
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